一語一絵


Dick Bruna
ディックブルーナ好きのグラフィックデザイナーは多い
デザインはSimple is Bestという考えがあるからだろう
いろいろ伝えたいことを完結に整理して
シンプルにストレートにデザインとして定着することで
強いメッセージ性が得られるからかなと思う
この場合はイラストレーションとして見方だ

しかしこの作品は
ミッフィが絵を鑑賞しているからというわけではないけれど
何か考えさせられる哲学的要素がこの作品にあるように感じて
アートとしての存在感を感じる
ブルーナのシンプルさの中に大きな深さがある
ミッフィが後ろで手を組んでいるのも
多いなポイントだと思う
シンプルは単純という意味ではない
完結さの中に大きな意味があって
極端にいうと「宇宙」すら感じる


Pink Floyd 「Animals」
絵を描き出して個展を開催することを意識した時真っ先に思ったのが
「ミュージシャンがアルバムを出す」という感じで個展を開催したい と
そこで一番意識したのがピンクフロイドのアルバム久しぶりに聴いたアニマルズ
「食」をテーマに描いてるからか以前とは違った聴き方をしている
ピンクフロイドのように ここまで深くイメージができればいいな
と創作の価値を感じたからちょっと勇気づけられた

You are what you eat._2020
You are what you buy._2021
そして今年2022年は
You are where you live.

乞うご期待!(とあえて言っておこう!)


第4回「ホルベイン 大きなポストカードコンテスト」で優秀賞いただきました

テーマ:Fusion
異なるものが出会い、融合して新しいものが生まれる。
そして融合が繰り返され進化する。さまざまな進化によって未来が紡ぎ出されてゆく。
コンテスト受賞作品展
@HOLBEIN Gallery[谷町九丁目・大阪]
2022年1月27日[木]〜2月1日[火] ※会期中無休


柳原睦夫 花喰ノ器(2022 01 25)

中之島にある東洋陶磁美術館のオープニングのポスターは
僕が大学を出て入社したデザイン会社の社長がデザインしていた
その美術館の前を通ってこの展覧会の広告をみた時に
「マジンガーZ」(世代的にはガンダムなど)を思い出したのは僕だけではないだろう
東洋陶磁美術館というクラシカルな名前に相反するアバンギャルドな造形と色彩に
ちょっと度肝をぬいていたが「これは絶対観たい!」とも思わせる強さがあった
去年の夏から開催していていつでもいけるという安心感から随分日が過ぎた
そして今日やっとというかそれに対面することができた

花喰ノ器と題しているからか肉食花を思い出してしまう
事実その造形は似ているしまたその危険度のようなものを
黒とキイロという危険信号の色彩と相まって感じてしまう(小市民的感覚だろう 笑)
展示のところどころに柳原氏の言葉が目につく
その言葉でこの作家の造形と色彩がすっと腑に落ちてストーンと心に入ってくるのだ
そして「美しい!」とため息をつくことになる

「器というものが縄文時代からずっと自分にまでつながっている…」
「弥生の造形に縄文の模様が自然に溶け込んできたこの感覚…」
「陶芸家は口を閉じて立体造形に進んだ 私は口ありきで陶芸にとどまった…」
「純粋美術 前衛芸術…そんなものを全部飲み込んだのがこの作品…」
「所々に出てくる『オリベ』というタイトルには茶人古田織部への尊敬がある…」

私の母校京都市立芸術大学出身というのを知ってとても嬉しい気持ちになりました
京都は「アバンギャルドなものを輩出する土壌がある」といろいろな文献で知るが
ここにもまたそんな大先輩がいたことを誇りに思いました
この展覧会はここ数年でもっとも心に刺さったものの一つでした


知らないことは財産である(2022 01 21)

絵を観る時に事前に知っていて観るのか
全く知らずに観るのか?
たとえばクラシック音楽を聴く時
知っている楽曲をどう演奏するか?という楽しみがあるし
それより初めて聴いてそれを理解できる耳を持ち合わせていない
ジャズでは特にそうだ
皆が知っているスタンダードをどう解釈して演奏するか?
それが楽しみでもある
「ジャズに名曲なし 名演あり」という言葉があるように…

では絵画はどうか?
教科書などで知っている名画といわれている作品がくると
それを観たくなり人が殺到する
まるで観ないと駄目といわれるのを恐れるかのように
そしてその絵を観て(観た気になって)感動し
人に「観たよ!」と言いたくなる
自分も含めて多くの方はそういう鑑賞の仕方をしているのではないだろうか
知っているから観る 
知っている状態で観る 
知っているから理解できる

その知っている状態で観ることは正しいのだろうか?
無知識で丸腰のまま作品に出会うことを諦めてはいないだろうか?
自分の感性を信じて観るということを拒否していることにならないか?

「何かを知ってしまうと知らない状態には二度と戻れない」

と美術史家の山下裕二氏は言う
若冲を発掘したアメリカ人のプライス氏などはまさに
日本人が見向きもしなかった作品を無知識の状態で評価しているのだ

「何も知らない状態で観る」ことはふらっと入ったギャラリーで可能だ
今年もそんな真っ新の状態で作品に出会おうと思う


長谷川等伯 松林図屏風で思うこと(2022 01 17)

国宝中の国宝といわれる
長谷川等伯の松林図屏風
実はこの絵は下絵だったらしい
落款が等伯のものではないらしい
後世にこれを観た方があまりに出来がいいので
屏風に仕立てたらしい…
「なんだ!完成したものではなく下絵なのか?」
と思うなかれ
芸術作品はどういうプロセスで誕生しようが
それがよければそれでいい ということだ
頑張って時間をかけて考えて描いても
それがいい芸術作品を生むということとは違う
逆に下絵でのびのびと描いていたり
下絵ゆえにポイントをおさえた表現が
結果的に画期的に素晴らしくなった!ということもありえる
評価というものは作家が決めることではないからだ

当時は中国の書画が日本のお手本だった
若冲も応挙もそれらを模写して学び自らの表現へとつながったのだ
牧渓という中国のすぐれた画家がいた
水墨界ではダビンチのような存在だという
しかし中国でも忘れ去られているらしいが
京都のお寺ではそれらを大事に伝えているという
長谷川等伯は牧渓の絵を観て
その結果この国宝が生まれたという推測があるらしい
その話を聞いて長谷川等伯と牧渓の水墨画を画集で観てみる

筆使いや空間の使い方など繋がるところは確かに感じる


描くということ(2022 01 02)

昨年もたくさんの画廊や美術館にいきました
それぞれの作家の熱意には敬服するも
心にグッと刺さる作品もそれほどない
というのが正直な感想でもある

「じゃあお前の作品はどうなんだ?」
と自問自答することも多くなった
自分自身依頼されて描くイラストレーターとしてではなく
自らペインターとして発表するようになったからだ

なぜ描くようになったのか?と問われれば
「ただ描きたかったから」となる
なぜ画家という肩書きを追加したのか?と問われれば
「小学校の時の夢だったから」となる
なぜ個展を開催したのか?と問われれば
「画家の先輩に勧められてその気になったから」となる
個展を開催してどうだったのか?と問われれば
「開催した意義はあった」となる

その意義に自分でどれだけ満足しているか?
それが常に心のどこかにいて
絵を描きだした頃のピュアな気持ちを隠そうとするのだ

ゲーテの言葉が壁に貼ってある
「芸術家よ! 喋るな 描け!」


Kamitani Toshio


ねこアール2021展(2021 12 03)

干支に間に合わなかった猫たちに捧げる展覧会「ねこアール」
立ち上げの時からデザインでお手伝いしている
京都は岡崎にあるアートスペース柚YOUの企画展です
開廊の時に恒例の展覧会に「干支」をテーマにした「干支アール」を提案
認知度も高まり楽しみにしているファンも多くなりました
そんな時にふと自宅で愛猫をみていて「猫を忘れてる!」と 笑
というわけで「ねこアール」遅れて企画した次第です
今年で3回目となり参加者も年々増えています
テーマが「猫」で表現方法は自由
それぞれの作家が「猫」を作品にしています
今年の私の作品は「墨」を画材に表現してみました
水彩紙に墨をのせると美しい滲みがでることを発見し
それがおもしろくて約1ヶ月の間に100枚くらい描きました
そのうち自分でいいな!と思えるものが10点程度
その中から僕以上に猫好きの方の意見を聞いて
画廊のスペースもあって6点を額装して出品します
先日facebookに一点をアップしたところ
関東の方から「売り作品ですか?購入したいです」とのメッセージが!
その反響がとても嬉しい
12月5日の日曜より一週間の会期
どうぞお時間あれば観ていただけたらと嬉しいです
よろしくお願いします

Kamitani Toshio


Draw! Drew!! Drawing!!! ドローイング展を終えて(2021 10 26)

天満橋にあるKAZE ART PLANNINGさんから
クリエイターのドローイング展の相談をうけたのが今年の春頃
建築家や写真家やデザイナーのドローイングは
クリエイターの脳内を覗くようで面白い!とのこと
僕は展覧会のタイトルとDMのイメージを作る役割でしたが
いつの間にかそれに加えて出品者となりました
普段のデザインワークで描くドローイングというか
ラフスケッチは多々ありますが
それは人に見せるものでもなくまた
守秘義務もあるのでどうしたものかと考えてました
毎日の日課で朝食前後に最低一点のドローイングを課せて数年になります
ときどきいい感じのドローイングが描けたらSNSにアップしたりしてました
いい感じ!とはなかなか微妙な表現ですが
僕的には少ない線で女性の表情まで伝わる!(少なくとも僕には)
そんなドローイングは描いてて楽しくワクワクします
今回そんな中から厳選したものをピンナップのように展示しました
この展覧会のテーマに対して書いた文章は以下です
「デザイナーにとってドローイングはバイオリニストのボーイングの練習のようなもの。脳でイメージしたものが手によってアウトプットされる際に思うように手が動くために。また予期せぬイメージが現れることも多々ある。だからドローイングはやめられない。」
そして僕の好きな言葉を
「継続できることが才能である」
Kamitani Toshio


ドローイング展をおえて(2021 10 24)

クライアントさんでもあるKAZE ART PLANNINGさんから
クリエーターのドローイング展を企画していると聞いたのは今年の春かな
芸術家のドローイングではなくてクリエーターというのが
面白いなと思いました
相談を受けているうちにタイトルもちょっと思いついて提案したのが
 Draw Drew Drawing でした
いわゆる英語動詞の三段活用のあのノリ
リズム感もあって耳にも残るからいいかなと思ってたらこれに採用
そのついでにか私もこの展覧会に参加することとなった
デザイナーのドローイングというと
デザインを考えるときに描くアイデアスケッチを思い浮かべる
それはいわゆるネタ帳のようなものかもしれないし
見方によっては面白いかもしれないけど
ギャラリーに展示するのはどうかな?とちょっと悩んでました
ギャラリーに相談すると私が普段毎朝描いている
ペンや水彩絵の具で描いているいわゆるドローイングがいいのでは?
と言われたのでその中から厳選したものをチョイスしました
多くが女性のヌードで色々な意図で描いている
私の日課のような作業から生まれたドローイングです
食品のパッケージデザインを主な仕事としてるので
ちょっとそれに関係するのもいいかなと思い
ところどころに食品と絡んだドローイングというよりポンチ絵も展示しました
以外にそれが面白いという声をいただきました
どちらが本当の自分なのか?
それは観た方に決めていただけたらと思いました
ギャラリーで観ていただいた方々
SNSなどで観ていただいた方々
ありがとうございました

Kamitani Toshio


第7回万年筆画展を終えて (2021 07 26)

近鉄高の原駅前にあるイオンモール内のJEUGIAカルチャーセンターで
万年筆画教室を始めたのが10年ほど前でした
当時そこの主任だった佐々木さんという女性から事務所に電話があり
「ブログを拝見してます 万年筆でなにか教室を開催してもらえませんか?」と
毎日万年筆の情報や万年筆で描いたイラストなどをブログでアップしていた私ですが
嬉しいお声がけとマニアックな世界なので人が集まるのかな?とちょっと心配
でも私自身が楽しめばいいかなと思って引き受けました
ちょっと不便な場所にある教室ですが始めは2名ほどの受講生だったと思います
それでも万年筆が好きな方と出会えるのは喜びでした
月に一度2時間の教室
万年筆のレクチャーを10分ほどしたあと
万年筆で万年筆を描く を毎回ウォーミングアップとして描き
残った時間でいろいろな課題をやってきました
ある年から発表展をやろうと思い立ちました
せっかくやってきたことをお披露目することは生徒の皆様にも大切なことですからね!
なによりモチベーションがアップするでしょうし
そして第7回目の万年筆画展をはじめて高槻で開催することになりました
生徒さんのおひとりがこのギャラリーと親しく
私もかつて観に来たこともあり たったの3日ですがコロナ禍にもかかわらず
多くの方に来ていただけました
7つのテーマを生徒さんと私とで展示しました
万年筆という共通の道具を使って描いているからか
なんとなくギャラリー空間のまとまりみたいなものが感じられて心地よかったです
生徒さんも満足されていたと思います
今後は万年筆だけでなく
万年筆の線と透明水彩絵具を組み合わせた技法にもチャレンジします
次回の万年筆画展はすこしカラフルな展示になるかと
今から楽しみにしています
ご覧いただいた方々 SNSで観ていただいた方々 ありがとうございました
Kamitani Toshio


個展You are what you buy.を終えて(2021 07 06)

絵画の2回目の個展が終わりました
昨年の京都は1週間でしたが
今回は2週間の会期にしました
週末が2回あるというのは
来場者にはいいのではと思った次第でした

普段会社でデザインの仕事をしています
1日があっという間に過ぎていくのは
デザインという仕事がいつも時間に追われているからでしょうか?
その時間の経過の感覚にどっぷりと慣れてしまっているので
その感覚とは違った時空間で過ごすのが
僕にとって心地よい場合とそうでない場合がある
ギャラリーで過ごすのは
意外に心地よいと思えるものでした

昨年に続いてのコロナ禍での開催でした
今回は前半は緊急事態宣言下
後半は蔓延防止措置期間でした
いずれにしても大手を振っての外出という状況ではなかった
それでも350名あまりの方々に芳名帳に記入いただきました
それはとても嬉しいことでしたが
感染という観点からは
それはよろしくないことなのかもしれませんが…

会場には「マスク着用」「手の消毒」「少し距離」に加えて
「話さず観覧」というサインを貼りました
扉を開けていたにせよ
密室に近いギャラリーですので
会話はなるべく控えたいと思った次第でした

でもやっぱり話してしまいます
それがギャラリーでの個展の楽しみでもあるし
来ていただいた方への感謝でもありますしね
それでもなるべく早く切り上げるようにしたり
途中で一旦ギャラリーを出たりしました
さりげなく 失礼のないようにね

個展が終わってからPCR検査を受けました
熱もないし味覚もあるし体の変調はないので
大丈夫だと思っていたけど念のために受けました
結果は「陰性」でホッとしました

この結果を見て個展がちゃんと終わったと実感した次第です
Kamitani Toshio



個展 You are what you buy. 汝は汝が食べた物そのものである−2

ギャラリー白の真っ黒な部屋での個展が終了しました
緊急事態宣言から蔓延防止措置へと移行したそんな最中での開催でした
僕は絵を描き始めたのが遅くて今回が絵の個展としては2回目で
開催の回数を重ねたい気持ちが強い
ゆえにどれだけ少ないお客様であろうがギャラリーが開いてる限り
開催するつもりでしたが...
こんなご時世でしたが多くの方に観ていただけたし
多くの方との出会いもまたありました
ありがとうございました
すこし個展の開催前に思ったことを綴ってみます
「食品のパッケージ」をイメージした
普段の仕事ともリンクするし普段誰もが購入して食べている食品を
絵のテーマにしたらわかりやすくてかつ観た人がいろいろと思うのではないかと思った
怖い とか 気持ち悪い とか 面白い とか そうだったのか とか
美味しそう とか もう食べれないとか...
「食べる」ということのこれが現実なのだと
それは否定できない 
それでも食べることは延々と続いてゆくのだ


「井の中の蛙」という言葉が浮かんだ
我々日本人はガラパゴス状態であると言われてきた
それはまさに「井の中の蛙」状態
でも例えば鎖国してきたことでまわりに影響されることのない
文化が生まれたことも事実だ
グローバルと叫ばれているけれど
日本人ってグローバルが苦手なんじゃないかな?
特に語学的なハードルも含めて
だったら井の中の蛙でいいんじゃないか?
日本の食もそうして独自に発展したし
それが世界的に見て高いクオリティとオリジナリティを得たのではないか?
グローバルを意識することなく
日本人が日本人に向けて作り込むことが
結果凄いことになるような気がしている
北斎や若冲のように...
あっ これは個展のコンセプトとはあまり関係ないです
白Kuroを食べ物を受け入れる「胃袋」に見立てた
そんな個展にしたかったからで
だから「胃の中の神谷利男」なんですね
カエルはそんな胃(井)の中で人間の行動を俯瞰して見てるんですね
Kamitani Toshio


個展初日 (2021 06 14)

2回目の絵画の個展初日を迎えました
秋に予定していたのですが
ギャラリーが満杯で来年になると聞いたのが2月の終わり
コロナ禍で6月の半ばからの2週間の空きがあるとのこと
「間に合うか?」と一瞬ひるんだけれど
タイトな納期にはデザイン業で慣れているからか
「やります!」とその場で決めました
デザインと絵画では仕上げるために必要な時間のかけ方が
まったく違うのは去年の個展で理解はしていたのだが
それでも来年までは待てない…

去年の個展とは同じコンセプトながら
たんにそのバリエーションでは面白くないと思ったので
その後に描いた絵をチェックする
その中で食材である生き物と普段の私の仕事である
食品のパッケージに焦点をあてることに決めた
決まれば早い
ほぼ3日程度で30点以上のアイデアスケッチを描く
その中から良さげなものをピックアップし
キャンバスにおつゆ描きしていった
そして毎日朝と夜に少しづつ描き込んでいった
乗らない日でも一筆だけでも描くノルマを課した

朝11時個展が始まった
11時20分頃に始めの観覧者がこられてホッとした
平日にもかかわらず友人や同級生や趣味の仲間や
もちろん美術愛好家の方々がきてくれた

描いているときは悩みつつ楽しんでいた
「これでいいんかな?」とか
「これはめちゃくちゃいいわ!」と
悩みつつ楽しんでいた
搬入すると
1つの部屋に世界感ができてしまう
その時にはじめて客観的に観てしまう
で不安の方が大きくなってしまう

「凄いやん! とてもいいわ」
「この絵を飾りたい」
「これも面白いし好き!」

その部屋で
こんなこと言ってくれる方がいて
涙がでそうになるのをこらえた
やってよかったとやっぱり思った

Kamitani Toshio


イラストレーションと芸術 (2021 05 11)

絵を描き始めて5年くらいになります
はじめはただ油絵の具の匂いやキャンバスやタッチや
ただそれだけで嬉しかったのですが

そのはじめの頃を過ぎるといろいろと「描く」という意味が
頭をよぎってくるものだ
今まで以上に美術館にいくようになり
今まで以上に画廊を訪ねたり
今まで以上に美術関係の書籍を読み込んだり
今まで以上に作家とのコミュニケーションをとるようになり
今までなかったギャラリーオーナーと話しをするようになった
そうして絵を描いていない時に好きだった芸術家から
今まで関心のなかった芸術家に酔心するようになったりもした

長くデザインの仕事をしているが
デザインの世界で「絵を描く」とは
イラストレーションを指すことになる
同じ絵でもそれはあくまでイラストレーションであって
芸術ではない
イラストレーションは「説明」だったり「雰囲気」だったり
そこには絶対的な目的があるし
それはクライアントが求める「答え」としての「絵」がある
しかし芸術としての絵は
誰からも求められていない「絵」だ
それは自分自身が求めている「絵」でなければいけない
それはイラストレーションになるかもしれないし
芸術になるかもしれない…

描く以上「芸術」でありたい
でもなかなかそうは思えない日々が続く
デザインは「問題解決」
芸術は「問題発見」という定義は
とてもわかりやすくて好きな言葉で
とりあえず僕はここからスタートしている

Kamitani Toshio



Dick Bruna
ディックブルーナ好きのグラフィックデザイナーは多い

シンプルな造形と色彩は
要素をそぎ落として伝えたいことをズバッとつたえるデザインに
シンプルかつ強さに憧れがあるからかな
デザインって伝えたいいろいろなことを整理して
わかりやすくそしてこころに刺さる強さが必要だから
あくまでデザインの中のイラストレーションという存在としてのブルーナですが…

ただそんなブルーナのイラストレーションの中でも
これはちょっと深くアート性を感じる
ミッフィがアートを鑑賞してるからこの作品がアート
だというワケじゃないけど
何か考えさせられる哲学的要素がこの作品にあるように感じる
ミッフィが何を思って自身のシルエット(とは限らないが)を鑑賞しているのか?
観る人がそれぞれ感じることは違うのだろう

デザインではそれではダメだからね!

永遠のソール・ライター(2021 03 08)

週末京都に用事があり向かった
SNSで知人が京都駅ビルの美術館えきで
永遠のソール・ライター展の開催をアップしてたのを思い出し
寄ることにした
以前本を買って眺めてたソール・ライターの写真
たしかその頃ソール・ライター展が関西で開催されてたけど
コロナの影響かなにかで結局行けず仕舞い
(ひょっとして開催延期になってたのかもしれない)
雪のニューヨーク(?多分)に
赤い傘をさして歩く人を俯瞰で撮った写真が
その本の表紙だった

「悪条件が写真を魅力的にする」

これは僕がキャノンの写真教室に通ってた時に感じてたこと
ソール・ライターの写真を観ていてその頃が蘇ってきた
秀逸なトリミングにコントラストのバランス
そして色彩の効かせ方など
デザインナーなど若いクリエイターにとって
とても勉強になる展覧会だと思う

緊急事態宣言がとかれた京都だけれど
結構多くの人が観にきていた
コロナ感染が怖いので
ささっと流して観て帰ろうと思ったが
なんと絵画作品やスケッチがあって
食い入るように観てしまった
ソール・ライターは画家になるために
ニューヨークにきたそうだ
現代アーティストの仲間として
名前は知れ渡っていたようだけれど
食べるためにはじめた写真で
その才能がより開花したようだ
絵画はボナールが好きだと書いてあったように
色彩豊かなものだった

「写真は発見 絵画は創造」

壁面にところどころに記してある
ソール・ライターの言葉から
彼は本当に絵が好きなんだなあと思った


水彩画(2021 03 03)

先日天満にあるギャラリーで
作品を観ながらオーナーと話していた
ひょんなことから水彩画の話になった
オーナーは京都芸大で油画を専攻していたが
水彩画が好きだったけれども
「芸大には(ほかの美大でも)水彩画科ってないですよね?」
ということだった
日本画や油画やテンペラはあるのに水彩画はない
「確かにないですね なぜだろう」と僕

ふと僕は2つの水彩画を頭に浮かべた
ひとつはセザンヌの水彩画で
もうひとつはオキーフの水彩画だった

セザンヌは油彩画を描くためのスケッチのような感覚で
水彩画を描いていたと思っているけれど
晩年は表現として完成されているように見えるし
油彩画でも水彩画のように描いている
それらの絵がより抽象性を増しているのは
ひょっとしたら水彩画のもつ物性によるものではないかと
僕には考えられる

オキーフは若い頃にニューヨークのギャラリーで
彫刻家ロダンの水彩画を観て感動したという
その絵に影響されて描いたオキーフの水彩画を書籍でみたのだが
それがまた素晴らしい
オキーフの水彩画の画集がでているのを知り購入
僕には油彩画以上に魅力的に感じた

この2人の芸術家の水彩画をみていると
美大芸大に水彩画科があっていいように思えた
絵画教室やカルチャーセンターにはあるのに

でも今は「ミクスドメディア」や
でも今は作品自体は日本画と西洋画(油画)との境界線が
曖昧に又はなくなりつつあるように見えるから
(もちろん美大芸大で学ぶ場や団体などは残ってはいるが)
このような区分けの考え方は古いのかもしれない
意外に岡倉天心とかの一声で
大学に水彩画科が作られなかっただけなのかもしれない


ショーケースの夢(2021 02 27)

神谷デザインに東京事務所があった頃
駅から事務所に向かう途中
ビルの前にちょっと古めかしいショーケースがあった
そこには新刊書なのか本が所狭しと並んでいた
本が好きなので出張時や
新しい地にいくとつい書店に立ち寄り
本を物色してしまう癖があるので
そのショーケースを見ることが
いつの間にか習慣となっていた
ある日そのショーケースに
僕が持っている英語の参考書があった
「あれ!ここがあの出版社なんか?」と
普段は見てなかったビルの方に目を向けると
2階の窓にその出版社の名前があった
「事務所近くにあったのか!なんか嬉しいな!」
そんな気持ちでその後も
そのショーケースを見る習慣は続いた
英語の参考書はたくさん買いました
なかなか継続しての勉強は難しいものがあった中
この出版社が出す本はどれもユニークで
かつ実践的で親しみが持てて
結局はここのが一番!と
英語を勉強したい人がいたら真っ先にオススメしていた
そしていつしか
「この出版社の書籍のデザインをしてみたいな!」と
いちファンだった僕が
デザイナー目線で出版物を見るようになった
でもどれも良くできた書籍で
「僕が出る幕はないな!」とも思っていた
ある日そのショーケースに小さく
「本社でも書籍を販売しています」と
書いてあるのが目についた
ちょっと欲しい本があったので
思いきって出版社のドアをノックした
キレイでその出版社の書籍のようなフレンドリーな
そんなオフィスだった
「すみません 御社の本を購入したいのですが」
と英語以外にも歴史や地理 化学 科学など
教育全般の書籍を出しているのを知り
英語関係ではない本を購入した
ここで購入すると1割引き!というおまけも付いていた
その後もちょくちょく書店ではなく
この出版社で購入する機会が増えた
本が好きなので自費出版をしたり
展覧会があれば簡単なブックレットを作ったりしていた
また趣味の釣り関係から神田にある出版社から
少しづつ書籍のデザインの依頼がくるようになっていた
パッケージデザインが業務のほとんどを占めていた会社だったけど
いつしかそれなりのエディトリアルデザインの実績が
神谷デザインにできつつあった
ある時ダメ元で
仕事としてその出版社のドアをノックしようと思い立った
しばらくして返事がありその出版社へ伺う機会を得た
お客としてノックしたドアとは違った緊張感でノックした
女性の編集者2名の方に
これまでの実績と自分たちの会社のことを僕なりに伝えた
自費出版で作ったイラストレーションを使った本に
特に興味を持っていただいた
「御社にあったテーマがあればお願いします」との声をもらった
帰りにいつものショーケースを見て
「ここに僕たちがデザインした書籍を並べたいな!」と強く思った
訪問してから1ヶ月くらい経ってから
1通のメールが届いた
お会いした編集者ではない別の方からで
それは今企画している書籍のデザインの依頼の内容だった
飛び上がる喜びを噛み締めながらスタッフに
「新しい出版社からの依頼があったのでよろしく!」と伝えた
初めの仕事は歴史関係の書籍だった
その内容がまた面白くて
ワクワクしながらスタッフとデザインをつめていった
そして数ヶ月後に仕上がった書籍が届いた
発売の知らせを聞いてすぐさま自宅近くの大型書店に出向いた
歴史書のコーナーに向かうと平置きでそれはあった
グッとくる感動があってスタッフにも感謝した
先日新規の打ち合わせにコロナ禍だけれども
面と向かっての打ち合わせが必要と判断し
トンボ帰りの出張で出版社を訪問した
久しぶりだがいつものように
(神社の鳥居をくぐるかのような気持ちで)
ショーケースを覗いた
そこに神谷デザインでデザインした最新刊があった
担当の方から書店でも引き合いが良くて評判と聞いていた書籍だ
「うわ!めちゃ嬉しい!」
1つの夢が叶ったような瞬間だった


ナビ派のエドゥアール・ヴュイヤール(2021 02 18)

大学の同級生が立ち上げた絵画教室の小学生が描いたという作品をみた
それはその小学生がお祖父さんのために毛糸で編み物をしている絵で
キャンバスに描かれていた
その絵は全体がグレーのトーンで毛糸の黄色が効いていて
一見クールな色彩ながら作者の表情や男性が編み物という設定からか
とても暖かい素敵な絵だと感じた
その絵で僕は「ナビ派」を思い出し書棚へ向かった

ナビ派は後期印象派に位置付けられているポール・ゴーギャンに
パリの美術学校に勤めていた画家ポール・セリュジエが指導を受けたことが発端だという
ゴーギャンの大胆な絵画の描き方に驚き共鳴した人たちが集まり
そして「予言」という意味の「ナビ」をとってナビ派が結成された
ナビ派といえばピエール・ボナールやモーリス・ドニの名前が特に知られている
僕が京都の美術高校の図案科の学生だった時
3人おられるうちの1人の先生が
「ボナールの色彩は素晴らしい!よく観ておきなさい」の言葉が
それ以来ずっと頭から離れずにいて 
「色彩に迷ったらボナール」みたいなルールが僕の中に植えつけられた
その時はボナールがナビ派とかは知らず
ただ先生が見せるボナールの絵画を眺めていた

2017年頃に東京駅で「オルセーのナビ派展」のポスターを見た
そのポスターに使われていた絵に僕は惹きつけられ
その後しばらくたってから丸の内にある美術館へ行った
ナビ派展には高校時代の先生がおっしゃってた色彩があり
僕の好きな世界観が広がっていた
さまざまなナビ派のアーティストの中でも特に
「エドゥアール・ヴュイヤール」に釘付けになっていた
具象絵画でありながら大胆な色彩と色面の使い方が
僕にはデザイン的に感じながらデザインには普通はない深度みたいなモノを感じたし
特別なことではない日常をこんなにも幸せに夢見心地に描いているのが
「絵ってこういうのでいいやん!」と
現代美術やらコンセプチュアルアートやらで
少々神経質になっていた自分に
そんな風に思わせてくれた
デザインは日常のちょっとした発見であったり
ちょっとした違いの喜びだったりする
それが僕にはナビ派がデザイン的に感じた理由かもしれない

先の小学生の絵をみてナビ派を思い出し
ナビ派の画集をまた眺めてると
油絵をはじめた間もない頃のフレッシュな気持ちが
また目覚めてきた
それが嬉しかった



京都市美術館のこと(2021  02  14)

リニューアルされた京都市美術館へ
いや正確には京都市京セラ美術館へ行きました
ちょうど京都の家に用事がありそのタイミングで
母校である京都市立芸術大学の作品展を観るためでした
昨年はコロナ禍で(今もだが)予約制の入場で
こういうのが結構苦手なので行けずじまいで外観を眺めているだけだった
地下からの入場というアイデアで外観もそれほど大きな変更もなく
長く京都市美術館に慣れ親しんだ僕としてはなんだか安心した気分だった

思えば中学三年の頃
日吉ヶ丘高校の美術コースへ進学しようと思い立ち
この高校の作品展を観にいったのが初めてだと思う
(小中学校の校外学習でいったかもしれないが)
美術コースの図案科の二年生の作品が
僕をこの高校へ進学する大きな目標になったことは間違いない
それは「素材の発展」という課題で
学生がテーマというかモチーフを決め
それの名前のレタリングからデッサンへ
そしてさまざまな展開をしていくというもので
大きなパネルにいろいろなサイズの作品が貼られていて
それが興味深くて楽しくて「絶対入学してこれをやりたい!」と思いました
だから僕は図案科に入学しようと決めたのかな

念願の日吉ヶ丘高校美術コース図案科に入学し
一年生から作品展が京都市美術館であり
作品が展示されることになった
そして二年生の時にはあの「素材の発展」も作ることができた
ちなみに僕のテーマは「目」だった
三年生の卒業制作
その後入学した京都市立芸術大学での4年間も
この京都市美術館で作品展があったから
合計7回の展示を経験したわけだ

新しくリニューアルされた館内は広々としていてとても気持ちよかった
作品が展示される各部屋は
僕が高校大学と展示していた雰囲気とさほど変わることなく
ミシミシという床の音がなくなったくらいの変化に見えました
今回は京都市美術館と京都市立芸術大学での2会場制だったようで
僕は大学の方にはいく時間がなかったのですが
美術館の方で
僕が出たビジュアルデザイン科から
今一番興味がある油画と日本画
そして流石レベルの高さが際立つ工芸(陶芸 漆工 染織)を堪能して観覧しました
丁寧なものづくりとフレッシュな感性が
とても好感の持てる作品展だったと思いました

彼らに負けないよう僕もそんな彼らの姿勢を真似ていこうと思って
懐かしい匂いが残った京都市美術館を後にした



H.R.GIGER×SORAYAMA (2021 02 07)

心斎橋PARCOでギーガー×空山基展が開催してるのを聞いて
観にいってきました
「ギーガーの原画が観れるのかな?もしあれば嬉しいな」
平日の昼に会社行く途中に寄りました
しかしこのダブルネーム展ってどうなんかな?と
少し疑問にも思いましたが
空山基さんについては高校時代に結構好きだったので(特にテクニックとして)
まあいいかなとは思いましたが…
緊急事態宣言中ということと
ギーガーや空山さんのことあまり知られてないのかな
そんなモードじゃないのかも?と思いながら
だれもいない会場で僕は一人食い入るように観てました
なぜか2人の作品が交互に展示されてて
まとめた方がいいのではと思ったり…
もっとギーガーの特にエイリアンの原画があればなあと
ちょっと物足りなさを感じましたが
第2会場では先日観たドキュメンタリー映画DARK STARが放映されてて
これを観てない方には満足のいく展覧会だったのかなと思いました
ちょっとギーガーのことを忘れてたけれど
映画とこの展覧会でまた復活!
事務所にある画集を引っ張り出してきて
また眺めています
年齢に関係なく子供のように
「好きなことを好きに表現しよう!」
と思いました
ギーガーって子供のままでしたから


H.R.ギーガー(2021  02  02)

DARK STARというギーガーのドキュメンタリーフィルムを観た
ギーガーは僕にとっては特別な存在
というのももっとも好きな映画を一つといわれたら
それはまちがいなくエイリアンと答えるからだ
エイリアンの魅力はギーガーのアートなくしては語れない
キャラクターのデザインだけでなく各場面もすべてギーガーのアートの世界で
埋め尽くされているからだ
エイリアンを好きになりギーガーを知りギーガーが僕のヒーローになったというわけだ

ギーガーの絵は誕生・生殖・死がテーマだという
エロチックな絵だけれども決して野蛮でなく高尚
というか自然な人間そのものというふうに見える 
下絵なしにエアブラシが手の延長となり乗り移ったように描くと
ドキュメンタリーフィルムでの語り
とても信じられない技術だけれどもギーガーにはない下絵がみえているのだろう
実際に描くシーンもフィルムでは見せている

自分が描きたいものを描く
という当たり前のことだけれども大人になるにつれできなくなることを
ギーガーは正してくれる
そしてギーガーをみていると
もっとも好きな画家であるフランシス・ベーコンが心に浮かんでくる
ベーコンもまた描きたいものを描いている
描きたいでなくて「描かなければだめ」なことかもしれない
遅く絵を描き始めてしまった僕も
はやくそんなテーマと意思を持ちたいと思っている


ウイリアム・デ・クーニングのこと(2021  01  29)

もちろん前から名前と著名な作品は知っていたけれど
特に好きというわけでもなかった
あのなぐり描きで大きな目をした女性の絵は
強烈な印象を僕に与えていたけれど
ただそれだけだった
昨年あるデザイン関係の本を読んでたらデ・クーニングのことが
画集とともに出ていた
その中の
「クーニングはものすごいスピードで描いているように見えるけれど
 とても丁寧に描いている それは書道家がそうしているように」
という一節に心を揺さぶらた
ちゃんとデ・クーニングを見ようと画集を求めようとしたけれど
プレミアが付いててとても高価!
美術家の友達の画集を見せてもらったりネットで閲覧したりした
今一番原画を観たい作家のひとりとなった


2021年6月に大阪で個展を開催します(2021  01   24)

1月23日土曜日 
僕はギャラリー白の吉澤さんにアポをとり会いにいきました
昨年京都で個展を開催しましたが
コロナ禍でも多くの人に来てもらえましたが
それでもやっぱり観たいけどいけなかったという声を聞きました
また東京の友達も僕のために京都旅を計画していた方もおられて
でも結局は県をまたいではいけない!という国の要望もあり
断念された方も多かった
まあそんなこともありながらも
大阪で個展を開催する必要性は感じていました
で どこでやるか?
正直そんなにギャラリーを知っているわけでもなく
またギャラリーの芸術的方向も理解していないけど
僕は「ギャラリー白でやりたい それも一階のkuroでやりたい」と思っていました
大学を出てデザイナーになった頃
入社したデザイン会社が老松通りに近く
昼食とかよく老松通りに来ていた
その帰りとかにたまにギャラリー白に立ち寄ったりしていたからか
大阪のギャラリーといえば「ギャラリー白」という思考回路ができていたのだろうか?

美術家の友人達や他のギャラリストに聞くと
「白さんは神谷さんの絵とはちょっと違うかもしれないな」と言われていたり
「でもはっきりとした意図を理解してもらえればいけるよ!」と言われたり
正直なところ半分以上は断られるという気持ちが強かった
それでもせっかくの機会なので
企画書を作っていくことにした
展覧会の意図と作品のイメージ
そしてkuroでの展示の風景を作った

結果は「是非!」との吉澤さんの言葉でした
秋を希望していたけれど秋以降では来年の3月になるとのこと
コロナでキャンセルがでた6月はひと枠だけ空いていると…
一瞬だけ迷ったけどすぐに
「6月にやります!」と返事しました

というわけで今年6月
コロナがどういう状況であれ
神谷利男の個展を開催することになります


個展をひらくということ(2021 01 23)

2020年の夏 
コロナ禍の中だったけれど京都で初の絵画の個展を開催した
これまでデザイン関連のグループ展やイラストレーションの個展は開催してきました
グループ展では絵を出したりデザイン的なものだったり立体作品であったり 
デザインの仕事のような感覚テーマに応じた表現で参加してきました
油絵を描きはじめて数年がたった頃
個展の開催が頭を過ぎるようになった
でもやっぱりハードルが高い
学生ならまだしもこの年齢での個展は
やっぱりそれなりの技術にコンセプトが必要だろうと…
美術家の友達に相談すると
「やればいいよ!」という即答
でも言うが易しで実際やるとなると踏み出すのは怖かった

じゃあいつならやれるのか?
多分このままでは一生やらないだろう
そう思った瞬間にギャラリーに打診して申し込んでしまおう
大学の先輩たちがよく開催しているギャラリーを紹介してもらい
オーナーさんに絵をみてもらった
しばらくして「やりましょう!」とのメールが届いた
正直嬉しかったのともう後戻りできない少しの恐怖を感じた
でもリアルな目標というものは人を活気づけるものだ
それはデザインの仕事でよく理解している

10ヵ月後僕は個展を開催した
それはこれまで多くやってきたグループ展やイラストレーションの個展とは
まったく違っていた
何が違うのか?
それは

その空間すべてが自分の世界観がでているということだ

だから心地よい気持ちと
大変はことをしてしまっているという気持ちが
複雑に入り混じっていた
それでもやっぱり
開催してよかったと最後にはその気持ちだけが残った

今年もやりたいと
無謀ながらもそう思っている


李禹煥と雪舟(2021  01  20)

現代美術作家のリーウーファン氏が雪舟について語る番組を観た
リーウーファン氏の作品は昨年六本木の美術館で彫刻と絵画を観た
もの派の代表的作家で今も一線にいる芸術家
氏が芸術家の目として観た雪舟の凄みを語っていた
特に雪舟の絵で一番有名な国宝の「秋冬山水図」へのアプローチは見事だった
あの絵の不思議さ… 抽象絵画の魅力なのか
雪舟は晩年に名作を生み出している
その時の雪舟の「初々しさ」をリー氏は言う
そして自分もまた「今スタート地点に立っている気分だ」と
あれだけの実績がありながら氏のこの言葉
自分の甘さに打ちのめされながらもモチベーションをもらった

「真っ白なキャンバスに初めのひと筆を置くとき
 ものすごいことが起こっている」



絵を描くということ(2021  01  19)

美術高校そして芸術大学ではともにデザイン科を専攻していた
デザインが好きだということでもなかった気がする
もともとは子供のころ絵が好きだっただけだ
絵が好きって今思えばなんか不思議だ
多分絵が少し上手くて褒められたら賞状をもらったりして
それが嬉しくて…それだけのことだったんだろう
その勢いで美術高校から芸大に進むって今思えば凄い選択だなと思う
深く考えたらこんな選択なんてできないだろう
でもそのころは深く考えていたような気がする

僕がデザインの仕事は周りからみたらむいているように見えるらしいけど
僕は自分がむいているなんて思ったことはほとんどない
時々大きなコンペに勝ったり入賞したりした時には
デザインにむいてるのかなと思うときもあるけど
それは本当にたまにしかない
かといってデザインの仕事に後悔しているなんてことは一切ない
僕にもできる仕事があるのだという驚きのほうが大きいからだ
それでも何かやり残したような気がずっとしていた
それが絵を描くということだった

デザインの仕事は「問題をデザインで解決する」という仕事だ
だから常にそこに問題がある
そう 数学の問題を解決するような感じだろうか
だからか 僕は夢中になれる
では絵はどうか?
そこに問題なんて提示されない
その問題を自分で考えないといけない
いや 考えているようでは駄目なんだろうな
生きていて抱える問題を
それを描くという行為で処理しないといけないのだろう
それは人に観せる観せないに関係なく
そうせざるをえない 
そんな行為なんだろうと思う

それはとてつもないことだと
僕は気付いてしまったんだ

© 2020 kammy 神谷利男 Kamitani Toshio
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